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makeA事務局
2025/11/11 09:55

建設費・運営費高騰時代の新構図と生存戦略【前編】

近年、不動産開発や運営の現場を直撃しているのが「建設費・運営費の高騰」という現実です。
これは一過性ではなく、長期的な構造変化を伴う潮流へと変わりつつあります。
本稿の前編では、その背景と新たな構図を解説します。

 

建設費・運営費高騰の背景

 

2021年1月と比べると、建設資材や労務費の上昇により、全建設コストは約25〜29%上昇しています。
この背景には、資材高・人手不足・エネルギー価格上昇・法規制強化といった複数の要因が複雑に絡み合っています。

 

資材・部材コストの多重高騰

 

世界的な資源価格の上昇、エネルギー不足、円安などが重なり、鉄鋼・セメント・木材・ガラス・配管資材など、あらゆる部材が高騰しています。
とくに板ガラス(+83%)、アルミ地金(+82%)、ビニル電線(+80%)など、建築に不可欠な資材が軒並み値上がりしている状況です。
日本は建設資材の多くを輸入に依存しているため、円安による輸入コスト増が建築業界に大きな影響を与えています。

 

労務費上昇と人手不足

 

建設業界では、慢性的な人材不足と高齢化が進行中です。
2024年時点で就業者は約476万人。そのうち60歳以上が26%(123万人)を占め、10〜20代の若手層(約56万人)の2倍以上となっています。
肉体労働の厳しさに対して賃金が追いつかず、若手が定着しにくい構造が続いており、結果として賃金上昇圧力が常態化しています。

これを受け、国交省と建設業主要4団体は2025年に平均6%の賃金引き上げを目標に掲げています。

 

賃金上昇が著しい業種例

  • ダクト工:+32.7%
  • 電工:+27.8%(高度技能職)
  • 交通誘導員:+30.3%(建設+イベント需要の増加)

 

建築技術・法令要求の高度化

 

耐震・断熱・省エネ性能の強化、長寿命設計への対応など、法規制・社会要請ともに水準が上昇しています。
ゼネコンの中には、採算確保のため競争入札を避け、特命受注に限定する動きも広がっており、結果的にゼネコンの利益率上昇→発注側のコスト増という悪循環が生まれています。

 

保守・運営・修繕コストの増加

 

建設だけでなく、運営・管理コストも上昇傾向です。
清掃・保険・修繕・更新・法定点検といった運営負担が増加し、ビル経営のランニングコスト全体が上向きです。
いまや「建てるコスト」だけでなく、「持つコスト」も上昇しています。

 

政府の取り組みと構造的課題

 

国交省は若手人材の確保と働き方改革を目的に、「4週8閉所」制度(2024年施行)を推進中です。
しかし閉所日が増えた結果、工期は約1.2倍に延び、年間で対応できる施工現場数が減少しています。

また、技能者の資格・経験を可視化する建設キャリアアップシステムの導入により、労務単価の明確化と待遇改善が進む一方で、これらの改革が短期的にはコスト上昇を招いている面もあります。

 

政策動向と不動産市場への影響

 

今後、政治の焦点は「支援」から「規制と再構築」への転換期です。
外国資本による土地取得制限や、安全保障上の土地規制強化を軸に、国家的なインフラ・都市再整備を進める流れが強まっています。

同時に、住宅支援・家賃補助などの施策が進めば、

 

  • 家賃制限・契約規制
  • 補助金による購買力向上
  • 投機規制・課税強化
     

といった制度変化も現実味を帯びてきます。
特に賃貸・再開発物件を保有する投資家は、こうした制度リスクと政策トレンドの変化を注視すべきでしょう。

 

不動産市場への構造的変化

 

建築プロジェクトが減少しているにもかかわらず、コストは上がり続けています。
この逆転現象が示すのは、単なる需給ギャップではなく、業界構造そのものの転換期にあるということです。
ここでは今後予想される主な構造変化を整理します。

  • 新規開発・再開発の採算悪化:コスト高で採算が取れず、再開発の中断・延期が増加。公共主導・補助金付き案件が中心に。
  • 工期遅延・着工抑制:資材・人材不足によりプロジェクトが遅延。コスト安定を待って着工延期するデベロッパーも出現。
  • 既存ストックの価値上昇:新築減少により、管理・立地の良い既存物件の価値が相対的に上昇。中古・リノベ市場は堅調推移の可能性。
  • 賃料転嫁と入居コスト上昇:上昇コストを賃料へ転嫁し、入居者負担が増加。「表面利回り」よりも「実効利回り・キャッシュフロー安定性」重視へ。
  • リスク選別と差別化の深化:立地・ブランド・設計品質・サステナビリティが競争力の分岐点に。「なんとなく良い物件」では勝てない時代へ。
     

まとめ

 

前編では、建設費・運営費高騰の背景と、不動産業界に訪れつつある構造変化を整理しました。

いまや市場価格は、需要や景気ではなく「建てるコスト」で底上げされる時代に入っています。

一方で、既存資産の希少価値上昇や賃料上昇といった追い風も存在します。
後編では、この変化を踏まえ、都市別の影響・一般層への波及・コスト高のプラス効果について掘り下げます。

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